インフルエンザも治りブログも頑張って更新していこうと思います。

今日は深谷と堤の試合です。
あいにくの大雪ですのでファンの皆様は事故等にお気をつけて会場までお越し下さい。
宜しくお願い致します。

試合の話は試合後またゆっくり書きます。

今日はまた別の話
インフルエンザの間は布団の中でiPhone片手に80年代後半〜90年前半のボクシングをたくさん見ていました。
それを見ながらふと、時代の変化を感じた事があったのでそれを書きたいと思います。


先日、岩井大がフィリピンでWBCのユースシルバータイトルを獲得しました。
タイトルの大きさは関係なく海外で試合に勝つ事は大変な事です。

去年の椎野に続きこれで三迫ジムは海外2連勝。
これは快挙だと思います。

僕はそんな自慢話をするつもりじゃなくて(笑)
海外奪取の椎野と岩井の共通点です。

それは去年の椎野と今年の岩井の試合後の言葉です。

2人共「めちゃくちゃ楽しかった〜」

タイトル穫ったから「嬉しくて楽しい」とかじゃなくて試合自体が楽しいと言う感覚。
伝わりますかね?この意味?

椎野はデビューからずっと同じ事行ってる。
デビュー戦終わった後も「射場さんプロのリングはメチャメチャ楽しいですね」って真っ先に言ってた。
多分岩井も前からだと思う。

何が時代の変化を感じるか?って言うと。
僕がボクシングを始めた90年代前半はボクシングが楽しいって言ってるボクサーは聞いた事なかった。
そういう環境で育った僕は「楽しいなんて口にしちゃいけない」って言う感覚が若干ある。
まして「ボクサーはハングリーでなければ強くなれる訳がない。」ってまだ言われていた時代。
僕たちの時代だってもちろん日本は裕福な国だしハングリーのかけらもない。
だから「昔のボクサーに比べると弱くなった」とか言われた。

僕は昔からその言葉に引っかかっていた。
「ハングリーじゃなきゃ強くなれないなら日本人は一生強くなれない」って思った。
絶対そんな事はないと思うし、当時のボクサーは「強くなる事に飢えている」とか「ベルトに飢えている」とかそういう表現をしている選手が多かったように思う。

僕はハングリーに勝る強さって、結構前からのテーマだったんですが、最近この2人の海外での落ち着きと結果をみて、それが分かった気がします。

それは「楽しい」と言う感覚。
ボクシングは殴りあいだから楽しい訳ない。と思う人が多いと思う。
だけど僕たちの時代の選手も本当は楽しくてやっていたと思う。
だけどそれを口に出来ない何かが昔はあった。

「楽しいなんて言ってるうちは考えが甘い」とか「追い込みが足りない」とか

でも岩井なんか見てると追い込んでる事すら楽しそう。
「疲れてても練習に来い」とかよく言うけど岩井なんかは疲れていても「楽しいからジムに行っちゃう」って言う感じだと思う。
よく「楽しめ!」とか「楽しまないと!」とか言うけどそれともちょっと違う。

純粋に楽しいと言う感覚。

ボクシングは殴られて怖いスポーツだけど、椎野なんかはそのスリルが楽しくてたまらない感じ。

日本人はマジメだから楽しんでいると不真面目にみえたり怠けているように感じる。
だけどそれは違うと思う。
自分はジムの雰囲気を大事にしているつもりです。
楽しい雰囲気。

でも今回、僕が言いたい「楽しい」はちょっと意味が違う。
雰囲気が楽しいとかじゃなくて、ボクシングが楽しいと言う感覚。

試合自体が楽しければ何も恐れる物なんてない。
まして海外だろうが、どんなにプレッシャーがあろうが関係ない。

楽しいという感覚が持てればどんなピンチだって楽しいはず。
そしたらどんなハングリーなヤツがきたって、どんなハードパンチャーがきたって、むしろ楽しめる。

よくゲームで最後の大ボス倒す時って強いからわくわくドキドキするでしょ?
それに近いと思う。

楽しいと言う感覚はハングリーより強いと思う。
悲壮感を持って、何かを背負って、ボクシングってやらなければいけない感覚ってどっかにあったと思う。
だけどその感覚はもう時代遅れなのかも知れない。

正直椎野、岩井以外にもそういう感覚をもった選手はたくさんいる事も知っている。
僕は昭和の感覚を忘れずに持ちつつ新しい「新人類」の選手達から新しいものを吸収したいと思います。

少し長くなりましたが僕の感じている事は伝わりましたか?

選手から学び、僕もこれからは大きなプレッシャーのかかる仕事でも、「自分を追いつめる楽しい感覚」を持ちながら頑張りたいと思います。

では今日も頑張ります。